インタビューINTERVIEW

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乳腺外科 顧問医

戸井 雅和(とい まさかず) 先生

PROFILE

所属・職名
京都大学大学院医学研究科 外科学講座乳腺外科学 教授
専門分野
乳がん
略歴
1982年 
広島大学医学部卒業
1990年 
英国Oxford 大学分子医学研究所ならびにOxford大学附属John-Radcliffe Hospital臨床腫瘍学部門に留学
1992年 
東京都立駒込病院外科
2000年 
Harvard大学、Dana-Farber癌研究所乳腺腫瘍学センターに留学
2003年 
香港大学Queen Mary Hospital外科客員教授
2003年 
東京理科大学DDSセンター教授
2007年 
京都大学大学院医学研究科 外科学講座乳腺外科学 教授

戸井先生は、留学経験をはじめ、研究や臨床の分野で多様なご経歴をお持ちですね。

乳がんの研究という意味では、イギリスやアメリカが先進的でした。最初に留学したのはイギリスで、そのきっかけは腫瘍内科学のエードリアン・ハリス教授が、私が専門としていたEGF受容体の研究をされていたので志望したものです。イギリスは、基礎研究を臨床の現場へつなぐトランスレーショナルリサーチが充実していて、臨床研究が数多く行われていました。また国全体でがん研究のネットワークが構築されていて、色々な組織が役割分担しながら連携しているのも印象的でした。ただし実務診療の面では、日本とはシステムや規模感が異なるだけで、日本が大きく遅れているわけではありませんでした。
帰国後は15年間、がん・感染症センター東京都立駒込病院に在籍しました。がんの患者さんが非常に多くて、日本のトップレベルだったと思います。イギリスでやっていたことをモデルとして、併設されていた臨床医学研究所と連携し、そこでの研究成果を臨床にフィードバックしていました。臨床もあり、トランスレーショナルリサーチもありで、とにかく忙しかったのを覚えています。

2007年に京都大学の教授としてご就任され、長期にわたって乳がん分野をけん引されていらっしゃいますが、これまでどのようなことに腐心されてこられたのでしょうか。

乳がんの分野は、臨床にしても研究にしても進化のスピードが速く、取り残されないことが重要です。薬物療法ひとつをとっても、海外で使われている薬が日本で使えるようになるまで時間がかかるドラッグラグがありましたから、少しでも改善されるように尽力しました。また、日本からオリジナリティを発信することにも重きを置きました。
1つは新しい手術法の開発です。京大を発祥とするICG蛍光ナビゲーションを用いた手術法を標準化し、保険診療も考慮されるようになりました。
2つ目には、手術前後の薬物療法を開発しています。
3つ目は、イメージングツールの開発です。世界で最も高性能なマシンである「マンモPET」の臨床研究をさせていただく機会に恵まれましたし、足掛け10年をかけ、ckプロジェクト、内閣府が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)で行われた、光超音波イメージングを用いた画像診断の臨床研究を行いました。それから、新しいバイオマーカーの開発にも注力しました。
あとは国際交流ですね。その一環として「京都乳癌コンセンサス会議」を立ち上げました。2年に1回やっているのですが、世界から著名な方が参加される会議で、その中でネットワークができました。コンセンスも発表しています。

乳腺外科固有の難しさ、求められることには、どのようなことがありますか。

乳腺外科では非常に広範な様々な部門、診療科の先生と一緒に治療をやっていく必要がありますので、究極のチーム医療と言っても過言ではありません。また、正確な診断が治療につながってきますので、特に日本では、多様な知識を求められます。

ご専門である乳がんについて伺います。乳がんは部位別罹患数で女性の1位であり、増加傾向が著しいがんのひとつですが、そうした傾向になっているのはなぜですか。

一般的にはライフスタイルの変化だと言われています。日本人の食生活の欧米化や、女性の出産機会が低下していることが考えられます。それでも、まだ今の時点では、日本人と欧米人女性の乳がん罹患年齢の分布には大きな相違があります。
日本では30代後半から増え始め、40代後半にピークを迎えて、その後減少する傾向にあるのに対し、欧米では年齢とともに増加傾向にあります。
しかしながら、 同じアジアで早々に欧米化したシンガポールの統計を見てみると、90年代は今の日本と同じ分布だったのに対し、ここ数年のデータでは欧米とほとんど変わらない傾向にありますので、日本でも、今後2、30年のうちに欧米と同じような傾向になる可能性があります。

出産の機会が低下していることが、なぜ乳がんに関係してくるのでしょうか。

乳がんの発生要因としては女性ホルモンが大きく影響しています。すなわち、女性ホルモンの一種であるエストロゲンにどれだけ乳房が暴露されているか、ということが発がんに関係すると言われています。
初潮年齢が早い、月経の期間が長い、子どもを産んでいらっしゃらない、もしくはご高齢の出産などの場合は、乳房がエストロゲンにさらされる機会が増えることになります。

乳がんの早期発見のために特に有効な検査を教えてください。

一般的なガイドラインに沿った検診は、マンモグラフィ、超音波、MRI検査の3つです。
ただし、マンモグラフィは、40代で乳腺が発達している「デンスプレスト」の場合、 画像のほとんどの部分が白くなり、診断が困難なことがありますので、 日本においては超音波検査と組み合わせる臨床試験が組まれて、そこでは検出感度が上がるという好結果が出ました。
マンモグラフィと超音波検査を組み合わせて、さらには先ほど申し上げました「マンモPET」を検査に加えれば、より精度が高まる可能性があります。また乳がん高リスク(遺伝性の場合など)の方には、定期的なMRI検査が推奨されています。

乳がんのリスクには、遺伝的な要因もありますね。

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乳がんになりやすい因子はいくつかわかっていますが、単一の因子として最も強いのが家族歴です。両親、特に母親が乳がんになっていたり、あるいは祖母、姉妹などの履歴も関係があります。 また家系内で若いうちになっている方がいたり、複数の人がなっていたりするとリスクが高くなります。
その他、遺伝性の乳がんに関係するものとして、卵巣がんの家族歴も重要ですし、一見、乳がんに関係しないような前立腺がんやすい臓がんもリスク要因に挙げられます。 京都大学医学部付属病院の統計では、乳がん患者さんの5%強が遺伝性となっています。 また、遺伝性乳がんとされる患者さんの半数以上が、BRCA1とBRCA2という2種類の遺伝子のどちらかに変異を持つことも分かっていて、特にBRCA1に異常がある場合には若年性発症の傾向が強まります。

乳がんに関して、発症リスクを低減させるための方法はありますか。

遺伝性乳がんに関しては、まず、家系の中のがんの発症、もしくは病気の発症について正しく知っておくのが大切です。意外に祖父母の方がどういう病気にかかっていたか、もしくはもう一代前になってくると情報が得られない場合が多いですね。また従兄弟や兄弟が多いと分からなかったりします。
これらは一回目問診して、もう一回改めて行うと情報が増えることもしばしばあります。比較的単純ですが大変重要なことですので、専門家やかかりつけ医に相談して調べるのが良いと思います。今は、家族歴をたどって、一人ずつのリスクを推測しながら行う個別型の検診について本当に真剣に考えるべき時代になってきています。また、 遺伝性乳がんの発症リスクを低減させるためにアメリカで多く行われているのが「リスク低減外科的治療」です。遺伝性乳がん関連遺伝子に産まれつきバリアント(変異)がある場合、両側の乳房と卵巣、卵管を予防的に切除するもので、日本でも行われるようになっています。
薬物治療の分野では、タモキシフェンが有用と言われていますね。さきほど申し上げたエストロゲンの働きを抑制する薬であるタモキシフェンを予防的に5年間服用すると、乳がん発症のリスクが低下することが分かってきています。エストロゲンに起因する乳がんの半分はこれで予防できると言われています。

乳がんを患ってしまった場合、治療にはどのような選択肢があるのでしょうか。

大きくは、局所治療と全身治療があります。再発リスクがほとんどない場合には局所治療だけとなり、手術、あるいは手術と放射線療法が選択されます。
再発のリスクが高いとされた場合は、全身治療が必要となり、ホルモン治療、抗がん剤、分子標的治療薬を用いることになります。最近は免疫療法の開発も進んでいます。
治療法はがんのステージやタイプによって選択されるのですが、最近は再発のリスクを精密に予測することが推奨されていて、再発リスクに応じて、治療法の組み合わせ、強さ、期間を考えることを求められています。極めて高度な治療体系です。

乳がんは手術を躊躇されることも多いように感じます。乳房再建の現況をお聞かせください。

発症リスクの考え方がひと昔前より随分変わっています。その中で、数年前に保険適用化されてからは、乳房すべてをとる方が増えたと感じています。
単に切除するだけでは喪失感を伴いますから、乳房再建を行うことにより喪失感の軽減、日常生活の不都合を減少させます。
再建手術には、人工乳房のほか、自家組織を使った方法があり、この場合はマイクロ・サージャリーという形成外科の先生を中心に行います。そういった専門性の高い乳房再建手術方法が確立されて、人工物・自家組織の両方で整容性の高い手術ができるようになってきました。

乳腺外科は日進月歩、という話をお伺いしましたが、今後どのように変わっていくとお考えですか。

画像診断の発達が著しいので可視化しながらの手術というのが近未来的に想定されますね。どの時点でどのような手術をしないといけないかという手術のあり方の見直しも進んでいます。再建分野も大きいでしょうね。温存手術する場合でも、様々な技術を駆使して、自然できれいな胸に整えます。まだまだ進化しますよ。
検査は乳がん発症リスクの考え方が変わってきているので、発症リスクをしっかり検討して、状況によっては遺伝子検査も含めて検査計画を立てる、ということがひとつの方向性になってきます。

今後、先生が取り組んでいこうとされていることをお聞かせください。

ひとつは新たなイメージングツールの導入です。もうひとつはバイオマーカーの開発です。基礎医学の進歩は目を見張るものがありますが、それを臨床にフィードバックできていないのが今の課題で、逆に今後の臨床に大きな発展の余地が残っています。これらを開発できれば、正確な病状のモニタリングとか、微小な乳がんの早期発見にも使えると考えています。
治療法も著しく進歩している中で、この数年、世界的に言われている"Do More"と" Do Less"を実践していきたいと思います。乳がんの治療成績が良くなってきていて、国内データでも10年前に治療した方の8割は存命されているので、おそらく今治療している方は、もっと良くなるはずです。乳がんはそれくらい助かるがんになっています。
ただし、まだまだ難しい患者さんもいらっしゃるのも事実で、そういう方にはもっと対策をする、それがDo More部分で、新しい治療法の開発スピードが落ちることは今後もないと思います。一方で、8割治る場合に治療をやりすぎていることもあるんです。もう少しコンパクトに最小限の侵襲で最大のメリット、QOLを、というのがDo Lessの考え方ですね。

最後に、関西メディカルネットの会員の方々へメッセージをお願いします。

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検査や治療で大切になるのは、正確に推測する、予測するということです。「プレシジョン・メディシン」と言われています。
アバウトが悪いというわけではないですが、検査ひとつをとっても信頼性の高い、再現性のある検査を組み合わせることが大切になります。
私たち医療者も、しっかりした信頼性のある治療法、検査法、システムを携え、高精度の先進医療ネットワークを作っていきたいと思います。

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