インタビュー INTERVIEW

インタビュー

インタビュー

呼吸器外科 顧問医

伊達 洋至(だて ひろし) 先生

PROFILE

所属・職名
京都大学大学院医学研究科 器官外科学講座 呼吸器外科学 教授
専門分野
呼吸器外科全般(肺癌などの悪性腫瘍、肺移植など)
略歴
1984年 
岡山大学医学部第2外科大学院入学
1988年 
同上卒業
1989年 
ワシントン大学胸部外科肺移植研究生
1993年 
岡山大学医学部附属病院第2外科助手
1993年 
クリーブランドクリニック胸部外科フェロー
1994年 
ワシントン大学胸部外科肺移植フェロー
2020年 
岡山大学医学部附属病院第2外科講師
2004年 
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科腫瘍・胸部外科助教授
2006年 
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科腫瘍・胸部外科教授
2007年 
京都大学大学院医学研究科器官外科学講座呼吸器外科学教授

呼吸器外科医としてこれまでに歩んでこられてきた、きっかけやターニングポイントを教えてください。

医師になったのは2つ上の兄の影響です。私の家系に医師はいませんでしたし、高1の頃は別の進路を目指していましたが、当時高3の兄が医学部へ行くことになり、話を聞いていると医師の方が面白いと思って、それに引っ張られました。

外科医になりたくて岡山大学の第2外科に入ったのですが、そこでは首から下の手術はすべて担っていました。 腹部も心臓も肺も第2外科の範囲でしたが、当時の主流は心臓外科であり、呼吸器外科は間違いなくマイナーでした。 しかし、ちょうど肺がんの罹患数が増えてきて呼吸器外科に勢いがあったということと、僕の生涯のメンターである清水信義先生とそこで出会ったことが大きかったですね。清水先生は手術がお上手で、人間的な魅力にもとても魅かれました。

ターニングポイントは間違いなくアメリカ留学です。大学院を1988年に卒業した後、1989年に渡米し、ジョー・クーパー先生に師事して肺移植の研究を始めたのが大きな転換期でした。 クーパー先生は世界で初めて肺移植を成功した方で、当時の呼吸器外科では頂点に立っていた方です。そこには世界各国から素晴らしい研究者たちが集まっていて、世界のトップの姿勢や考え方、仕事ぶりを目の当たりにして、一気に自分の考え方が変わりました。

伊達先生が医師として最も大事にしていることをお聞かせください。

チャレンジ精神を失わないことです。僕たちが日頃携わっているのは高度医療で、言い換えればリスクが高い治療を行っています。極端な話、リスクを回避したいのなら、手術をしないという選択肢もあるわけです。非常にリスクの高い手術、例えば肺移植の場合は、大変な努力をして手術したとしても、患者さんの10人に1人は亡くなられるという状況にあります。患者さんも苦しいでしょうし、ご家族も非常に辛い思いをされると思います。それならば非常にリスクの高い患者さんには手術をしないという風になってしまうと、どんどん逆方向に行ってしまいます。助けられる患者さんをたくさん救いたいという思いの中で、そういうジレンマも抱えています。安全性を考慮しながらも、チャレンジ精神を失わないバランス感覚を大切にしたいです。

ご専門分野について伺います。肺がんは日本人の死亡原因の第1位の病気です。そうした傾向にある原因や海外との違いについてお聞かせください。

肺がんが日本人の死亡原因の1位になっているのは、昔の喫煙率の高さが影響しています。喫煙者は肺がんのリスクが高くなることはよく知られていますが、アメリカでは禁煙が随分前から始まっているので、罹患者はむしろ減少してきています。日本も今、喫煙率は下がっていますから、将来的にはどこかで罹患者数のピークを迎えて下がっていくと予測されています。ただし時間はかかりますから、10、20年先のことになるでしょう。

ただし、肺がんでも早期発見の場合には治癒につながる治療が可能になっています。日本は検診が発展している国のひとつですから、気になる人、例えばタバコをたくさん吸っていた人は、毎年CTを撮っていただくのが良いでしょう。

肺がんは早期発見ができれば、手術は極めて安全といえます。日本は低侵襲手術といって、内視鏡手術やロボット手術が世界の中でも進んだ国になります。肺がんの手術関連の死亡率は日本が0.4%であるのに対して、諸外国では2%です。 日本では100人の方を手術した場合、99.6人の方が元気になって退院していかれます。これは日本の医療レベルが世界的にみても優れている証ですし、日本人自体が比較的健康な国民であることも影響していると思います。

進行がんに関しては、取り出す組織が多い「拡大手術」も行われるそうですが、「拡大手術」とはどういったものになりますか。

がんというのは進行が早く、症状が出るころにはリンパ節に転移し、骨や筋肉、心臓など隣接臓器を侵していることもあります。こういった局所の進行肺がんでは、標準的な手術での完全切除は困難です。
そこで「拡大手術」といって、ろっ骨や心臓、大血管など周辺組織の一部を一緒に切除する術式を選びます。拡大手術には高度な技術が求められますので、先ほど申し上げた肺移植の技術も生きてくることになります。ただし、がんが大きく拡がっていると、メスだけで治すのには限界があります。そんなときは、手術と化学療法、放射線療法を併用することになります。

肺移植は重症患者に適応される難しい手術ですが、伊達先生は、日本で初めて生体肺移植に成功されて、以降も数多くの手術を行われている肺移植の第一人者でいらっしゃいます。日本の肺移植の事情や、ご苦労されてきたことをお聞かせください。

まず肺移植の原則は、脳死のドナーから提供された肺の移植です。お亡くなりになられた提供者の方から、最後の贈り物として供給していただくものになります。しかし、日本で大きな問題なのが脳死のドナーが少ないこと。ご家族の方が自分たちの臓器を使ってほしいと願い出てこられて色々な条件が揃った時に、緊急避難的に行われるのが生体肺移植です。

日本の肺移植の夜明け前の話になりますが、僕がアメリカで肺移植を学んで帰国したのが1995年です。当時はまだ法律がなかったので、せっかく勉強してきても日本で生かすことはできませんでした。 心臓移植が日本で初めて行われたのは1968年ですが、その後の約30年間、臓器移植ができない時代があったのです。 1997年にようやく「臓器移植法」が成立し、脳死は人の死であることが法律的に認められたわけですが、一人として提供者は現れませんでした。 当時、私は岡山大学におりましたが、複数の方が肺移植を求めて私のところに来られていたにもかかわらず、移植を受ける前にお亡くなりになられていました。 提供者が誰も現れないから助かるべき命が助からない、そういった辛い思いをしました。そのような状況の中で、1998年、私が初めて生体移植を行い成功したのが、日本の肺移植成功第一例目になります。 つまり、日本は生体肺移植で始まったのです。それが成功できたのは周囲の協力があったおかげだと思います。

その後、徐々に脳死の提供者が現れるようになって、2000年に東北大学と大阪大学で脳死の肺移植が始まりました。 それから約20年経過した今、日本で肺移植を受けられたのは約680人になっています。そのうち生体肺移植が1/3、脳死肺移植が2/3で、近年は脳死移植の方が増加傾向にあります。 それは2010年の法改正が大きく関係しています。脳死状態での臓器提供はご本人が意思表示しない限り不可能だったのが、ご家族の同意による臓器提供が認められたからです。 この結果、脳死肺移植の実施数は5倍に増加しました。ただし、そういった状況でも40%の方が間に合わず亡くなっているので、生体肺移植が全くいらなくなっている状況ではありません。

国際的にみて日本の肺移植の治療成績はどれくらいの水準にあるのでしょうか。

国際心肺移植学会によると、肺移植後の5年生存率は約55%。せっかく肺移植を受けても5年経過すると、半数の方がお亡くなりになられているわけです。日本での肺移植は680例で、5年生存率は70%を越えています。つまり、日本の移植成績は世界基準よりも高いということです。

この理由は大きく2つあると考えます。ひとつは、日本の移植医療はレベルが高く、一つの症例を慎重かつ丁寧に診ていることです。技術がよければ手術直後の成績は上がりますが、長期成績ということを考えると、手術後の患者さんを丁寧に経過観察していることも大きく影響していると考えます。京都大学では必ず術前にカンファレンスを行いますし、200件以上の移植手術の実績があっても怠ることはないです。医療の専門家がチームとして綿密に連携しており、そのチーム力が成績を大きく左右すると言っても過言ではないと思います。術後も各部門が意見を交換しながら全身管理を行います。それが非常に大切です。京都大学は部門間の協力が非常に得られている、いいチームができていると自負しています。もう一つは、証明はされてはいませんが、日本が単一民族国家で遺伝子が似通っているのも、有利に働いているのかもしれません。

伊達先生は、3Dプリンタを利用した世界で初めての肺移植術式を開発されましたが、この先進技術について教えてください。

インタビュー

3Dプリンタを使って、患者さんのCT画像を基に臓器モデルを作成することで、術前のシミュレーションをすることができるようになりました。これがあることで、手術前に「こういう風につなげばうまくいくはずだ」ということをみんなで議論しておくと、手術中に迷わなくてすみます。 手術が早くなり、確実なことができるようになって、非常に3D技術で得られるメリットは大きいです。
この技術は色々と応用できます。例えば右と左の臓器が入れ替わっている極めて特殊な患者さんに対して、正常な肺を移植する場合でも、3Dがあれば、ある程度シミュレーションで手術のイメージができるのです。今は、臓器モデルを石膏みたいなもので作っているので、もっと柔らかいもので作れるようになると、縫い合わせもできるようになります。そういったことも近くできるようになると思います。

近年、技術進展が著しい再生医療について伺います。2017年11月には、京都大学の研究チームがヒトiPS細胞から微小な肺の組織・肺胞を効率よく作る技術について発表をされました。肺に関する再生医療の展望をお聞かせください。

iPS細胞を使ってご本人のある細胞を培養することは技術的に可能になっており、網膜や脳神経の分野で応用されて、ご本人の細胞であったり、シート状のものを作ることはできるようになってきています。将来的には臓器を作ることも可能になってくると思います。
しかしながら、肺のように3次元で、さらに複雑に血管が絡み合っている臓器となると、極めてハードルが高いのが現状です。ただ、京都大学の呼吸器内科ではiPSの研究が進んでいて、肺胞Ⅱ型細胞とか繊毛細胞の確立にも成功していますので、そういう意味では肺の芽を作っておいて、それを育てて形にしていくような研究は今後も行われていくでしょう。実現するのはまだ先の話です。

最後に、関西メディカルネットの会員の方々へメッセージをお願いします。

インタビュー

定期的に人間ドックを受けるのは非常にいいことだと思いますし、いうまでもなくタバコは百害あって一利なしですから禁煙を心がけてください。
私自身の健康管理に関しては、私はマラソンをやっていて、今朝も7kmくらい走ってきました。
手術は手術室に入るまでに準備をして、プランニングをしてから臨むことが大切ですし、マラソンもスタートするまでにどれだけ努力していたかで勝負は決まります。マラソンと手術は似た所がありますね。

BACK